先生4年間お世話になりました

6月15日で学年が終了し、4年生の息子たちは長い長い夏季休暇に突入した。9月14日までの長い長い夏季休暇だ。1年生~3年生のお子達といえば、彼らはもう既に6月1日から突入している。実に1年の内の4分の1が夏季休暇様というわけだ。我ら大人もそうでありたい。

ブルガリアの公立学校は、1年生~4年生まで同じ担任の先生で、クラス替えもない。それを一つの区切りとして、5年生から他の学校へ変わる子供も結構いる。より専門的分野に力を入れる学校に変わる子もいれば、他の近所の学校に変わる子もいる。そしてそのまま同じ学校に残る子達も多い。
が、とにかく低学年の担任の先生はここまでで、これから高学年の先生へと引き継がれるのだ。

思い返せば早かった4年間。素晴らしいツェノヴァ先生に受け持ってもらえて、私達はラッキーだった。素晴らしい先生だった。片言の外国人母にも大変親切にして頂いた。
6月15日の最終日は、4年生達は学年最後の遠足へ行き、翌日の16日には修了証書が子供たちに渡された。14時半~15時の間で各自教室へ行き、そこで証書を用意して待ってくれている先生から随時手渡されるのだ。

15日息子が遠足から帰って来て、その足で実はダンナと息子はアフトポルへ出発した。アフトポルのアパートメントの工事の関係で、16日の金曜日はどうしても誰かが行かねばならず、海へと心が躍る二人はその使命を自主的に担って旅立ったのだった。ダンナはホームオフィスで自宅からの仕事も全然オッケーなので、夏休み突入の息子と二人で夏休みの序章を奏でるつもりらしい。(私はそれほどホームオフィスもしていられないので仕方ありませんニャ)

16日、14時40分頃学校に着くと、子供たちは修了書を手にパラパラと学校から出てきていたり、ちょうど私と同時に現れた子もいたり、とにかく私は教室へと向かった。教室の中にはツェノヴァ先生と、去年ウクライナからやってきたイーゴルが何やら話をしていた。イーゴルは机に座って、先生は何か説明している。「センセイ、虫の仲間で、黒いちっちゃい、土に穴穂って住むのん名前なんだっけ」「ムラフキ(ブルガリア語で”アリ”)」などの話をしていた。私を見ると先生は「入って入って!」と手招きしてくれ、私は息子が来られないお詫びをして中に入ると、別の女の子が二人入って来た。特に急ぐ用事もない私は先生とも話がしたかったので、彼女たちを先にしてもらい、イーゴルの横に腰をかけ、「もうブルガリアには慣れた?」と声をかけてみた。明るく「うん!」と言って満面の笑顔で「ニーハオ!」とあまりに誇らしげに言う彼に私は、はははと笑ってごまかした。

息子からイーゴルの話はよく聞いていたし、ブルガリア語が上達してきたというのも聞いていた。体操選手のように鉄棒やマット運動が得意だというのも聞いていたので、体操はウクライナでトレーニングしてたのかと聞いてみたら、一人で練習して習得したのだと言う。なかなかの努力家ではないか!そしてこのブル語の上達具合!やはり子供の脳と言うのは恐るべき可能性を秘めているのだ、おばちゃんの脳とはちと違う。

そんな話をしていると、女の子達は修了書をもらって先生にハグをして教室を後にした。
さて、先生にと息子が書いた手紙を渡すと、先生はうるうるして、家に帰ってゆっくり読むねと言って修了書を渡してくれた。私は今までのお礼を言って花束を渡し、そこから先生とイーゴルと私の3人という不思議なメンバーでの雑談が始まり、結局3時15分頃まで何やかやと名残惜しい気持ちで話が続いた。

夏休みで先生がカナダへ行く前に、先生と我ら3人で近所のカフェで一緒にお茶をすることになった。先生もこの近所に住んでいるのだ!
寂しくなるけれど、ツェノヴァ先生はとにかくまだ同じ学校で先生を続けるのだし、会いたくなったらいつでも会えるのだ。
ツェノヴァ先生、4年間、ありがとうございました☆彡

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