チャーリー

我が家のキッチンの片隅を間貸ししていたクモのチャーリーがいなくなってそろそろ10日になる。毎朝息子と「ハロー、チャーリー」と言っては上を見上げ、チャーリーの存在確認をして1日が始まっていた。

息子はクモが本来苦手で、去年の夏、とあるホテルの中庭で夕食をとっていた時など、テーブルの足にくっついていたクモと目が合ったとかで、それはそれはすんごい声で「スパイダーーーーーー」と叫び、そこで食事をしていたお客さん全員がこちらを振り返るという事件もあった。なぜクモーーーでもなく、パヤーーーック(パヤック=ブル語でクモ)でもなく、スパイダーーーだったのか、なんとも寂しい気もしたダンナと私であったのだが、とにかく普通はあんなちっちゃいクモでも怖がるのダ。それなのに、チャーリーはもはやペット化していたのか、「ハローチャーリー」と声をかけては時折観察する生活が、少なくともかれこれ5か月ぐらいは続いていたと思われる。

チャーリーは小さい別荘も持っており、時々この別荘と本宅を行き来していたが、とにかくコロナで来客がなかったのが救いであった。(ふとすると見えるからね、白い糸が)
息子が言うことを聞かない時など、ダンナは掃除機を持って「チャーリーの家吸うぞ」などと大人げない脅しを繰り返したりしたが、そういうダンナもチャーリーを毎日気にかけていた。
去年のハロウィンパーティーには、友情出演もしてくれた。
そんなチャーリーがいないのだ。

インターネットでチャーリーと同じ種類と思われる画像を見つけ、調べてみると、どうもチャーリーは「イエユウレイグモ」と呼ばれる種類らしい。嫌な予感はしていたが、このイエユウレイグモの寿命はだいたい1年と書かれていた。私達が彼の存在に気付いてからでも、もう5か月~半年。大きさも結構な大きさになっていた。これはもしかするともしかするかもしれない。

「チャーリー見た?」と毎日尋ねる息子に「散歩行ってんのかなあ」「また別荘作りに行ったんかなあ」と答えるものの、そろそろ私たち夫婦の間では、チャーリーはもう死んでしまったのかもしれないという思いが濃厚になってきていた。そして数日前、息子がまたチャーリーのことを聞いてきた時のこと。私たちの間で現実的になってきていたその思いを、ダンナがふと口にしたのだった。すると。。。。
案の定息子は布団を頭からかぶり、しばらくの間号泣が続いた。これと似た光景を、私は去年の夏にも見たことがある。色んな種を植えたので、どれが何の種なのかが分かるように札を書いてほしいと息子にたのんだ。彼は種の名前と一緒に、ネコちゃんの絵を描いてくれていた。この号泣事件は、100%私の過失だった。というのも、ネコちゃんは水性マーカーで描かれていたにも関わらず、アホな私は水やりの際にうっかりとそのネコちゃんに水をかけてしまったのだった。哀れなネコちゃんは、当然のこと水に溶けてしまった。号泣事件はこうして起こされたのである。ネコちゃんは、彼の頭の中では生きていたのだそうだ。
その後段ボールで作られた、そのネコちゃんのお墓には「2021-2021 R.I.P」と書かれており、私は何とも申し訳のない後悔の念でいっぱいになったのだった。

いずれにせよチャーリーは、こんなにも息子に想われていた。
万が一姿を現した時のことを考えて触れていなかったチャーリーの本宅と別荘は、そろそろ掃除させてもらう時が来たのかもしれない。

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